草津温泉の旅館・ホテル・宿ガイド!!



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2007年03月01日

草津温泉について

草津温泉(くさつおんせん)とは、群馬県吾妻郡草津町(旧国上野国)にある温泉のことである。正確には温泉のあるところが町になったというべきであろう。林羅山の日本三名泉に数えられる。江戸時代の温泉番付では東大関(当時の最高位)にランクされ、名実ともに日本を代表する名泉の一つである。
北西部には、草津白根山(白根山(2,160m、湯釜)・本白根山(2,171m)・逢の峰(2,110m))が聳えている(上信越高原国立公園)。

<草津温泉へのアクセス>
<鉄道利用>
JR東日本吾妻線の長野原草津口駅からJRバス関東の志賀草津高原線で約30分、終点草津温泉(JRバス草津温泉駅)下車。
<高速バス利用>
JRバス関東の上州名湯めぐり号が新宿駅と、スパライナー草津号が名古屋駅と結んでいる。
<自家用車利用>
(関越道) 渋川伊香保IC~国道353号・145号~ 長野原~国道292号~草津
(上信越道) 上田菅平IC~国道144号~
碓氷軽井沢IC~ 国道18号~中軽井沢~国道146号~
(中央道) 須玉IC~国道141号~ 佐久~
(長野道) 岡谷IC~国道142号~

<草津温泉の泉質>
基本的な源泉は、酸性泉(酸性低張性高温泉)。場所(源泉)によっては硫黄泉なども見受けられる。酸性が強くPHは2前後である。この強酸性のために下流の品木ダムには酸性中和施設がある。
効能は、皮膚病、神経痛、糖尿病ほか多種多様(効能は戯れ歌になるほど多岐にわたる)
源泉は、公的に管理している大源泉が6つ存在するほか、ホテル等が所有している小源泉も多数存在する。 湯量は自噴するほど極めて豊富であり、湯温も50~90度前後と高い。
現在は、ラジエターなどを使い高い湯温を下げているが、昔は草津節という唄を唄いながら木の板で湯船をかき回し、気化熱の原理で湯温を下げるのが特徴的な「湯もみ」が行われていた(現在も、観光客向けに実演する施設がある)。
「湯もみ」
<草津温泉の主な源泉>
西の河原(さいのかわら)
地蔵(じぞう)
白旗(しらはた)
煮川(にかわ)
万代(ばんだい)
綿の湯(わたのゆ)
湯畑(ゆばたけ) - 温泉街の中心部に湯畑源泉があり、周囲がロータリー状に整備されている。
湯が滝のように湧き出る姿は、他の温泉地ではなかなか見ることが出来ない贅沢な光景である。 夜間は、ライトアップして湯畑を演出する期間(催し)があり、観光客の目を楽しませている。 ここ数年「湯量が低下しているのではないか」との指摘が増えてきて、 このままではいずれ枯渇(こかつ)するのではないかとまことしやかに囁かれている。

<草津温泉の温泉街>
温泉地の中央に湯畑を中心とした古い風情の温泉街があり、それを取り巻くようにリゾート・ホテルやペンション、大滝の湯や西ノ河原公園やテルメテルメやベルツ温泉センターなどのスパ・温泉関連施設、草津音楽の森国際コンサートホールや草津国際スキー場や熱帯圏などの諸施設が位置している。
町外れには、湯治に来て亡くなった無縁仏が多数ある。明治年間の墓石もあり、効能が広く世間に伝えられていたことが伺い知れる。
温泉を用いた医療施設として、群馬大学医学部附属病院草津分院がある。高血圧、喘息、リウマチなどの治療に温泉を使用している。

<草津温泉の内湯めぐり 和風村>
うららの湯(うららのゆ) つつじ亭
永楽の湯(えいらくのゆ) たむら
延寿の湯(えんじゅのゆ) 松村屋
お汲上げの湯(おくみあげのゆ) 奈良屋
君子の湯(くんしのゆ) 大阪屋
さい泉の湯(さいせんのゆ) 草津ホテル
たぎちの湯(たぎちのゆ) ひのき亭牧水
玉すだれの湯(たますだれのゆ) ての字屋
万代の湯(ばんだいのゆ) 望雲
弁天の湯(べんてんのゆ) 益成屋
薬師の湯(やくしのゆ) 湯元館
安兵衛の湯(やすべえのゆ) 日新館
龍神の湯(りゅうじんのゆ) 群龍館
若の湯(わかのゆ) 山本館

<草津温泉の共同浴場>
草津温泉の共同浴場「瑠璃の湯」
草津温泉の共同浴場「白旗の湯」
草津温泉の足湯
町中に共同浴場が多く存在しており、さまざまな湯が楽しめる。いずれも無料である。ただ今日、日本社会の様々な場面で見られているものと同じ問題で、マナーの問題が取り上げられることが多い。共同浴場名と利用源泉は以下のとおりである。

白旗の湯:白旗源泉
巽の湯:湯畑源泉
翁の湯:湯畑源泉
千代の湯:湯畑源泉
長寿の湯:湯畑源泉
白嶺の湯:湯畑源泉
千歳の湯:湯畑源泉
瑠璃の湯:湯畑源泉
睦の湯:湯畑源泉
喜美の湯:湯畑源泉
関の湯:湯畑源泉
煮川の湯:煮川源泉
地蔵の湯:地蔵源泉
凪の湯:西の河原源泉
こぶしの湯:万代鉱源泉
恵の湯:万代鉱源泉
つつじの湯:万代鉱源泉
長栄の湯(旧町営の湯):万代鉱源泉

<草津温泉の歴史>
日本武尊や行基、源頼朝が開湯した伝説を持つほど、古くから知られた湯治場である。草津の由来は「くさうず(臭水)」が訛ったものであるとされる。
18世紀初頭、「かこい湯」・「幕湯」という内湯が設けられる。
江戸時代、現在と比べて交通は不便にもかかわらず、湯治客は年間1万人を超える数を記録している。幕末には、「草津千軒江戸構え」といわれたほどである。また、その強烈な泉質のため、草津温泉での湯治後に肌の手入れのために入る、「草津の上がり湯」なる温泉地が周辺に複数できた。
明治時代、お雇い外国人として来日したドイツ人医師ベルツ博士によって、その良さを再発見される。
大正期には軽井沢から草軽電気鉄道という軽便鉄道が草津まで開通し、更に後には高崎・渋川などからバスも乗り入れるようになった。長野原線→吾妻線が長野原駅→長野原草津口駅まで開業したのは1946年(昭和21年)である。
2003年(平成15年)から、「ONSEN」を世界で通用する言葉にしようという運動を行っており、草津温泉もその運動に参加している。2005年(平成17年)には、それに関連したシンポジウムを開催した。

<草津温泉の事件>
2004年(平成16年)、長野県の白骨温泉に草津温泉の入浴剤(草津ハップ)が用いられたことが発覚したことから、その効能が再び注目されている。但し、これをきっかけとした温泉偽装問題の中、入湯税の徴収額と納入額に差が有ると報じられた。
2006年には草津温泉の土産物店などで売られている『湯の花』の多くが、同温泉で採集されたものではなく、硫黄に炭酸カルシウムを混ぜて製造したり、近隣の温泉の湯の花だったことが判明した。これを受けて公正取引委員会は、景品表示法違反(優良誤認)で製造販売した4社に排除命令し、6社には注意をした。

<草津温泉のその他>
Jリーグ・J2の一チームであるザスパ草津のサテライト(二軍)の選手はこの草津温泉のアルバイトやパート従業員をしながらサッカー選手の活動を行っている。かつて同チームがJFLや関東社会人リーグ2部などに所属していた当時は、一部プロ契約選手を除きほとんどのチーム所属選手が同様にサッカー選手活動の傍らアルバイトをしていた。
近畿地方の滋賀県にも同名の「草津市」(東海道五十三次の宿場町と天井川の草津川で有名)がある。このため草津市の観光案内所には、群馬の草津温泉と混同した温泉目当ての観光客が訪れることがある。案内所では、気の毒に感じて市内にある「草津温泉」と言う名の銭湯を紹介しているとのこと。なおここの露天風呂は、群馬県の草津温泉から取り寄せた湯の花入りである。また草津市は、草津温泉を有する草津町と1997年(平成9年)に友好交流協定を結んだ。
東京工業大学の火山流体センターが町内にあり、白根山の監視・観測を行っている。

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